百人一首の17番「ちはやぶる神代もきかず竜田川」は、マンガ『ちはやふる』のタイトルにもなった有名な歌です。
この歌を詠んだのが、在原業平(ありわらのなりひら)です。
名前は聞いたことがあっても、「どんな人だったの?」と聞かれると、意外と答えにくいですよね。
じつは業平は、天皇の孫で、平安時代いちばんのモテ男と言われ、『伊勢物語』の主人公のモデルにもなった人なんです。
この記事では、在原業平がどんな人だったのかと、百人一首の歌の意味、ほかの代表作をやさしく紹介します。
・在原業平がどんな人か知りたい人
・宿題やテストで、17番の歌の意味を調べている小学生・中学生
・子どもに「この人だれ?」と聞かれて、うまく説明したい親
僕にとって「ちはやぶる」は、子どものころから印象に残っている歌です!
まだ決まり字というものを知らなかった小学生のころから、
なんとなく「取りやすい歌」だと思っていました。
その後、マンガ『ちはやふる』を読んで、さらに忘れられない歌になりました。

漫画の「ちはやふる」で覚えた方も多いはず!
生まれも育ちも愛知県の名古屋市在住の30代会社員!
中学生・小学生2人・保育園児の4人の子どもの父親
趣味は子どもと愛知の遊び場をまわる事♪
在原業平ってどんな人?
在原業平は、平安時代のはじめごろ(825年〜880年)の貴族で、歌人です。
天皇の孫として生まれた
お父さんは平城天皇の子・阿保親王(あぼしんのう)、お母さんは桓武天皇の娘・伊都内親王(いとないしんのう)です。
つまり業平は、お父さん側から見ても、お母さん側から見ても天皇の孫にあたります。
ただ、業平が生まれた次の年に、兄たちといっしょに皇族をはなれて「在原」という名字をもらい、ふつうの貴族として生きることになりました。
在原家の五男で、「近衛中将(このえのちゅうじょう)」という役職についていたので、「在五中将(ざいごちゅうじょう)」とも呼ばれます。
平安時代いちばんのイケメン?
業平は、とにかく見た目がよかったと伝わっています。
平安時代の歴史書『日本三代実録』には、「体貌閑麗(たいぼうかんれい)」、つまり「姿や顔立ちがととのっていて美しい」と書かれています。
同じ歴史書には「ルールにしばられず自由にふるまう人で、学問はあまりできなかったけれど、和歌はとても上手だった」ということも書かれていて、かなり個性の強い人だったようです。
今でも「平安時代のイケメン」といえば、まず名前があがるのが業平です。

イケメンだったんだ!キャー

モテ男…うらやましい…。
六歌仙・三十六歌仙の一人
業平は「六歌仙(ろっかせん)」の一人です。
六歌仙は、『古今和歌集』の序文で、紀貫之(きのつらゆき)が名前をあげた6人のすぐれた歌人のことです。
六歌仙のうち、次の5人は百人一首にも入っています。
| 番号 | 歌人 |
|---|---|
| 8 | 喜撰法師 |
| 9 | 小野小町 |
| 12 | 僧正遍昭 |
| 17 | 在原業平朝臣 |
| 22 | 文屋康秀 |
(もう1人の大友黒主は、百人一首には入っていません)
紀貫之は業平の歌を「気持ちがあふれすぎて、言葉が追いついていない」と評しています。
ほめているだけではなく、「思いが強すぎる歌」という意味です。業平の歌を読むと、たしかに気持ちがまっすぐ出ているものが多いです。
お兄さんも百人一首に入っている
百人一首の16番「たち別れいなばの山の峰に生ふる」の作者・中納言行平(在原行平)は、業平のお兄さんです。
16番と17番は兄弟の歌が続けて並んでいるので、かるたで覚えるときにセットにすると覚えやすいです。
同じ六歌仙の小野小町については、こちらで紹介しています。

在原業平の百人一首の歌の意味は?
17番 ちはやぶる神代もきかず竜田川 からくれなゐに水くくるとは
作者:在原業平朝臣(ありわらのなりひらあそん)
【意味】
ふしぎなことがたくさん起きた神様の時代でさえ、こんなことは聞いたことがない。竜田川の水を、紅葉が真っ赤な色にしぼり染めしているなんて。
・竜田川は、今の奈良県を流れる川で、紅葉の名所です。
・「くくる」は、布をしばって染める「しぼり染め」のこと。川いっぱいに紅葉が流れて、水そのものが赤い布になったように見える、という大げさなたとえです。
・「神様の時代でも聞いたことがない」と言い切るところが、業平らしい思い切った言い方です。
じつはこの歌、業平が本物の竜田川を見て詠んだものではありません。
『古今和歌集』によると、竜田川に紅葉が流れている様子が描かれた屏風(びょうぶ)の絵を見て詠んだ歌です。
絵を見ただけで、ここまで大げさにほめられるのはさすがですね。
決まり字は「ちは」の二字決まりです。
「ち」から始まる札は「ちぎりきな」「ちぎりおきし」もあるので、「ちは」まで聞いてから取ります。
「ちはやぶる」という言葉の意味や、マンガ『ちはやふる』のことはこちらで詳しく書いています。

在原業平と『伊勢物語』
業平を知るうえで外せないのが『伊勢物語(いせものがたり)』です。
『伊勢物語』は、平安時代に書かれた歌物語で、ほとんどの話が「昔、男ありけり(昔、ある男がいた)」という書き出しで始まります。
この「男」のモデルが在原業平だと言われています。
物語の中の「男」は、身分の高い女性と恋をしたり、都にいられなくなって東の国へ旅をしたりします。
業平の歌がたくさん使われているので、読んでいると「業平ってこんな人だったのかな」と想像がふくらみます。
中学校の国語の教科書にも『伊勢物語』の話がのっていることがあるので、名前を覚えておくと役に立ちますよ。
在原業平のほかの歌は?
百人一首以外にも、業平には有名な歌がたくさんあります。
ここでは、子どもでもイメージしやすい歌を4首紹介します。
世の中にたえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし
【意味】
この世の中に、もし桜というものがまったくなかったら、春をむかえる人の心は、どんなにのんびりできただろう。
桜がきらいなのではなく、その反対です。
「いつ咲くかな」「雨で散らないかな」と、桜が好きすぎて春は落ち着かない、という気持ちを、あえて「なかったらいいのに」と言っています。
から衣きつつなれにしつましあれば はるばるきぬる旅をしぞ思ふ
【意味】
何度も着てなじんだ着物のように、慣れ親しんだ妻を都に残してきたので、はるばる遠くまで来てしまったこの旅を、しみじみと思う。
『伊勢物語』の「東下り(あずまくだり)」の話に出てくる歌です。
旅のとちゅう、三河の国の八橋(やつはし/今の愛知県知立市)で、かきつばたの花がきれいに咲いているのを見て、「かきつばた」の5文字を、それぞれの句の頭に入れて詠みました。
か ら衣
き つつなれにし
つ ましあれば
は るばるきぬる
た びをしぞ思ふ
このような言葉あそびを「折句(おりく)」と言います。
それぞれの句の1文字目だけを読むと「かきつばた」になります。
名にし負はばいざこと問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと
【意味】
「都」という名前を持っているのなら、さあ聞いてみよう、都鳥よ。私が思っているあの人は、都で元気にしているのかどうかと。
これも「東下り」の話の歌です。
今の東京の隅田川あたりで、見たことのない鳥の名前を聞くと「都鳥(みやこどり)」だと言われ、遠い都に残してきた人を思い出して詠みました。
つひにゆく道とはかねて聞きしかど 昨日今日とは思はざりしを
【意味】
人は最後にはだれでも死ぬ、と前から聞いて知ってはいたけれど、それが昨日や今日のように、こんなにすぐのこととは思っていなかった。
業平が亡くなる前に詠んだと言われる歌です。
自由に生きた業平らしく、かっこつけずに、思ったことをそのまま言っている歌です。
まとめ|在原業平は「気持ちがあふれる」歌人
在原業平についてまとめると、こんな人です。
・平安時代はじめごろの貴族で、天皇の孫
・とても見た目がよく、自由にふるまう人だった
・六歌仙・三十六歌仙の一人
・百人一首17番「ちはやぶる」の作者(屏風の絵を見て詠んだ歌)
・お兄さんは16番の在原行平
・『伊勢物語』の主人公「昔男」のモデルと言われる
17番の札は、マンガのおかげで子どもでも知っている札です。
作者がどんな人か知っておくと、かるたで読まれたときに、ちょっとうれしくなりますよ。
競技かるたに夢中になる高校生たちのマンガ『ちはやふる』は、僕が読んで17番がもっと好きになったきっかけです。かるたのルールや決まり字のことも出てくるので、親子でどうぞ。
17番のほかにも、紅葉や月の歌をまとめています。

全100首を番号順に見たいときは、こちらの一覧をどうぞ。

以上「百人一首に出てくる在原業平ってどんな人?和歌の意味や代表作は?」でした!













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